こんないつものような平和が
いつまでも続くと思っていたんだ
仮初めの日常
「一兄、早く起きないと学校遅れるよ?」
「うぉぉっっ!!今何時だ!?」
「もう8時になったよ」
その妹の言葉を聞いて、黒崎一護は勢いよくベッドから起き上がった。慌てて言われるままに時計を確認すると、それはちょうど短針が8の字を、長針が12の字を差している。
「夏梨!何でもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」
「はぁ?もう何回も前に遊子が起こしに来たよ。それで起きなかったのは一兄じゃん」
「ぅ……」
責任転嫁をしながらも、軽く夏梨から返された。いつものことなので一護も文句はいえるはずがない。
「早く着替えて降りてきてよね。下で一兄待ってる人もいるんだから」
「え……マジ?」
妹はその発言だけを残し、すぐに一護の部屋の扉を閉めて下へと降りていった。一護を待ってる人間とは恐らく水色のことだろう。大抵いつも一緒に登校するために、水色は一護の家に寄るのだ。一護は待たせないためにも、急いで制服に着替え始めた。
すぐに着替えて、鞄を持って階段を駆け下りていく。するとその騒々しさに一護の父である一心が駆け寄ってくる。
「一護ぉぉ!!階段は走るもんじゃないぞぉぉ!!」
否、飛び寄ってくる。
一護は自分に飛び蹴りをかましてくる父親を、無視して横に避ける。すると一心は大きな音とともに壁にぶつかっていった。
「おはよう、一護」
「悪ぃな、水色」
後ろで意味も分からず手でグッドという仕草をする一心を無視しながら、一護は思い浮かべていた通りの人物に謝った。しかし水色は涼しい顔で、気にした風もなく一護に挨拶している。その手には黒崎家の茶碗と箸を持ってだ。
「お兄ちゃんやっと起きたの?」
「あぁ。遊子、飯は?」
一護が食卓を見ると、そこにはすでに一護の分はなかった。嫌な予感がしながらも一護は尋ねる。
「お兄ちゃんの分なら、水色さんが食べちゃったよ」
「ごめん、一護」
「……」
あっさりと言う遊子と水色に、一護は怒りと共に呆れが現れた。勝手に自分の飯を食べた水色に怒鳴ろうとすると、それを見越したのか夏梨がまたしても軽く言い放つ。
「寝坊した一兄が悪いんでしょ」
「……その通りです」
反論など出来るはずもなかった。一護は大人しく朝食を諦めることにする。水色を見ればすでに食卓から離れて、学校に行く準備は万端だった。
「んじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
「無事に帰って来いよ、一護!」
一心の言葉は無視して、一護は水色と共に学校に向かう。その道中では何かおかしいのか、水色はいつものように黒崎家について笑っていた。
「いっちご…グホッ!」
教室の扉を開けるなり駆け寄ってきた友人の浅野啓吾を一護は鞄で抑えた。すると啓吾は変なうめき声を上げてその場に倒れこんでいく。それを無視して一護は教室の中に入り、水色は倒れこんでいる啓吾の上にわざと乗った。
「おはよ、啓吾」
「……殺す」
二人を後ろ眼で見ながらも、一護はゆっくりと自分の席に向かった。
「おはよー、黒崎君!」
「はよ、一護」
「おう」
自分の席に着くと、前の席にいた幼馴染のたつきとその親友である織姫が挨拶してくる。一護はそれに軽く返しながら、自分の席へと座った。
「今日は遅かったじゃん。寝坊でもしたの?」
「うるせー」
何でもお見通しなこの幼馴染には、一護も頭が上がらない。肯定も否定もせずにその場をやり過ごした。すると織姫が何を勘違いしたのかしきりに一護の身体の心配をする。
「えぇ!?黒崎君、病気なの!?大丈夫!?お腹痛くない!?熱あるの!?それとも……」
「止めぃ、織姫!」
「え……」
いつものように素っ頓狂な言葉を走る親友を呆れながらもたつきは止めた。それに織姫は何も分からず、キョトンとする。
「別に俺は病気でもなんでもないって」
「え?そうなの?何だ……良かったぁ!」
一護も何度見ても苦笑を隠せず、織姫の勘違いを否定する。織姫はさも安心そうに嬉しがっていた。
「ホント、織姫は突拍子すぎるんだよ」
「えぇ……そうかな?」
「でもそれが井上さんのいいとこだ!!」
「うぉっ!?」
いきなり横に沸いたように現れた啓吾に一護は驚く。思わず横に飛び退き、椅子から落ちそうになるくらいだ。しかし構わず啓吾は一護へジリジリと詰め寄る。
「酷いぞ、一護!井上さんと話してるというのにこの俺を呼ばないなんて!それでも俺たちは親友か!?」
「親友じゃないってさ」
「お前には聞いてねぇぇ!!」
今度は啓吾の後ろに水色が現れた。勝手に一護の意を汲み取って代弁した水色に、啓吾は叫びにも似た声を上げる。
「アハハハッ!」
「ど、どうしたのよ、織姫」
「だ、だって、ホント面白いんだもん。浅野君と小島君の漫才」
「ま、漫才……」
またもや突拍子もない言葉に、その場にいた織姫以外の人間は沈黙してしまう。その中で一人だけクラスに織姫の笑い声が響いていた。それに釣られたのか、何人かがその輪へとやってくる。
「何々、どうしたの?私の織姫に何があったの?」
「誰があんたの織姫だ!」
いつの間にか織姫の隣で肩に手をやっていた千鶴を、たつきが思いっきりその腹に拳を入れる。空手部でもあるたつきの拳を喰らった千鶴はその場にうもなれながら、どこか笑った顔をしていた。
「や、やるわね……たつき」
「大丈夫、千鶴ちゃん?」
その千鶴を心配するようにみちるもいつのまにかいた。こうして次々と知らぬ間に現れるクラスメイトを見て、一護はかなり奇抜なクラスだとつくづく思う。
「けど織姫は渡さないわよ!」
「だからあんたのじゃないだろ!」
「ちょ、ちょっと二人とも……」
「放っとけば?」
二人の喧嘩を見ておろおろと心配するみちるに、文武両道でもある国枝鈴が軽く本を片手に言い放つ。いつものことながら平行線を行く喧嘩にほとんどの者が無視している状態だ。
「けどぉ……」
「頑張れ!そこだ!行け、たつきちゃん!」
「応援するな!!」
いきなり二人の喧嘩を応援しだす織姫に、いっせいにその場にいた人間が突っ込んだ。ハモッた言葉にまたしても織姫はキョトンとして首をかしげる。その様子に一護たちはみなため息をついていた。
「あー、腹減ったわぁ」
「……食うか?」
朝食を逃した一護は朝から腹が減って、元気もあまり出ていなかった。知らずに呟くと、一護の横からでかい手が現れる。
「チャド……いいのか?」
チャドまでもがいつの間にか現れ、その手にパンを持っていた。頷くチャドを見て、一護は礼を言いながらその封を開ける。そのままパンを口にしながら、周りの様子をそっと見た。たつきと千鶴はまだ喧嘩しているし、啓吾と水色もなにやら楽しそうに会話している。
あまり一護は自分から騒ぐタイプではなかったが、こうやって自然と周りに人が集まってくるを見てどこか幸せを感じていた。
一護は今のこのクラスのみんなが、好きなのだ。
今のこの日常が、好きなのだ
そう、いつまでも続けばいいと思うくらいに