力が欲しかった。
 もっと強い力が欲しかった。

 そう願っても、過ぎたことは変えられないけど。





守るための力







「雛森……」
 十番隊隊長、日番谷冬獅郎は四番隊の救護室に来ていた。目的は幼馴染の少女の見舞いだ。
 藍染が反乱したあの事件からまだ数日。死にかけたというのに日番谷はすぐに動けるようになっていた。しかし雛森はいまだ目覚めることなく、眠り続けている。日番谷は目覚めてから毎日のようにここを訪れていた。ただ見ていることしか出来なくても。
「……」
 いつものようにたった数分経てば、ここから動き出す。どこか心の中で、雛森が目覚めた時にその場にいたくないと思っているのかもしれない。その時、雛森に何を言えばいいのか日番谷には分からなかった。
 そうして四番隊の隊舎を歩いていると、日番谷に声が掛かる。
「日番谷隊長、お体の方は大丈夫なのですか?」
「卯ノ花……あぁ、大丈夫だ」
 四番隊隊長の卯ノ花だった。彼女の治療のおかげで日番谷は一命を取りとめた。恐らく彼女が藍染の正体に少しでも気づいていなければ、日番谷は死んでいたかもしれない。雛森も同じだっただろう。感謝してもしきれないくらいだった。
「まだ完全に仕事に復帰できる体ではないのですから。しばらくはゆっくりと過ごした方がいいですよ」
「分かっている……」
「雛森副隊長のお見舞いくらいは大丈夫ですけどね」
 恐らく卯ノ花には日番谷が仕事をしているのがばれているのだろう。だが、仕事が溜まっていて日番谷は休むわけにもいかなかった。五番隊の書類もいくらか十番隊にまわってきているのだ。
「それでは」
「ありがとう……卯ノ花」
 卯ノ花は日番谷に一礼をして、歩き出した。向かった方向から察するに、雛森の所だろう。日番谷はそれを分かっていたので、卯ノ花に礼を言ったのだ。けれどあえて確認もせずに、日番谷も卯ノ花とは反対の方向に歩き出す。
 そろそろ十番隊隊舎に帰らなければ、そこにいる副隊長に怒られるかもしれない。そんな場面を想像すると、不思議と笑みが浮かんでいた。






 執務室の扉を開けると、いつものように副隊長である松本がソファの上で横になっていた。入ってきた日番谷に気がつくと、顔だけをこちらに向ける。
「お帰りなさい、隊長」
「あぁ……」
 呑気な声でそう言われると、毎度のことながら日番谷は怒る気がなくなっていく。そのまま自分の机へ向かい、椅子に座る。少しだけ深刻な顔をして、これまたいつものように松本は聞いてきた。
「雛森……どうでした?」
「相変わらずだ」
「そうですか……」
 松本にとっても雛森は大事な後輩でもある。早く目覚めて欲しいと思っていた。
 それきり黙ったまま、松本はまた先ほどのようにソファに横になる。日番谷はその様子にため息を吐きながら、机の上に溜まっている書類を手にとった。
 書類を読んで、判を押す。そんな簡単な仕事だが、ほとんどが隊長にしか出来ない仕事でもある。このつまらない仕事をするよりかは、外での任務の方が日番谷は好きだった。しかし、今は外での任務よりもこっちの仕事の方が多く溜まっている。日番谷は少し憂鬱な気分になりながらも、仕事を進めていた。
「隊長、まだ完治してないんですから仕事もほどほどにしたほうがいいですよ」
 いつの間にか松本が体を起こして日番谷の方に向けていた。
「……」
「隊長?聞いてますか?」
「……」
 何も答えない日番谷。日番谷の怒りは頂点に達しようとしていた。
「隊長〜?」
「……だったら、てめぇも仕事しろ!!!」
「な、何怒ってるんですか!?」
「いつまでもそこで寝てんじゃねぇよ!お前の仕事もあるだろうが!」
 日番谷の言う通り、松本が出来る仕事もたくさんあった。いつも松本はさぼっているので、その分を日番谷がやることもよくあることだ。
「そ、それは隊長が大丈夫だって言うから」
「お前が塞ぎこんでたからそう言ったんだ!元気があるなら仕事をしろ!」
「え……隊長、もしかして私のこと心配してくれてたんですか?」
「なっ……!んなわけねぇだろ!」
 松本もまた幼馴染のことで、珍しく塞ぎこんでいた。それを見かねた日番谷は松本に仕事をさせずに、ゆっくりと過ごしてほしくてそう言ったのだ。しかし松本はいつもの特等席ともいえる、執務室のソファで横になっている。確かにゆっくりと過ごしてはいるが、自分が仕事をしているのに目の前でそうされてはさすがに我慢ならなかった。
「ありがとうございます、隊長」
「……別に」
「もうっ、照れてるんですかぁ?」
 松本の日番谷に対するそれは、子供をからかうようだった。
「うるさいっ!そんなことより……もう大丈夫なのか?」
 松本は一瞬キョトンした感じの顔になったが、すぐに微笑んで日番谷に返す。
「はい。もう大丈夫です」
「そうか……」
「私は……ギンが思っていることに気づくことが出来ませんでした。ただ、それだけが……」
「松本……」
「ギンが自分で選んだ道なら、私が止める権利なんてありませんから」
 それが松本の本心かどうかは、日番谷には分からない。日番谷は何も言えずにいた。
「だからそれほど落ち込んでるてわけじゃないんですよ。ていうか、隊長の方が雛森が心配で落ち込んでるんじゃないですか?」
 いきなり真面目な雰囲気が、ガラリと変わった。そんなことを急に言われた日番谷は冷静に返せない。
「な、いきなり何言ってんだよ!俺は別に雛森が心配だとかそんなんじゃ……!」
「ふふっ。まぁいいですけど……」
「おいっ、松本!」
 いまだ笑っている松本に日番谷は怒鳴る。それでも目の前にいる松本の笑いはそう簡単に止まることはなかった。
「……でも、本当に思いつめないでくださいね。隊長のことだからきっと」
「別に思いつめてるわけじゃねぇよ」
 日番谷は松本の言葉を遮る。
「ただ……もっと強くなりたいって思ってるだけだ」
 それを聞いて、松本は呆れたようなため息を吐く。
「隊長の場合、それが思いつめてるって言うんですよ」
「違うだろ」
「そうです」
「違う」
「違わないです」
「……」
「……」
 無言の睨み合いが続く。このままだとずっと続きそうだったので、仕方なく日番谷の方から折れた。
「仮にそうだったとして、それのどこが悪い」
「隊長は無理をしすぎなんですよ」
「無理をしなきゃ強くなれないだろ。強くならないと……守りたいものも守れない」
「……それは、雛森のことですか?」
 松本は確信を持ちながらも、日番谷に尋ねる。しかし日番谷は曖昧な返事を返すだけだった。
「……さぁな」
「言いたくないならいいですけど」
「別にそういうわけじゃ……」
 言葉を濁しながらも日番谷は答える。けれど同じことを尋ねても、同じ答えが返ってくることなど松本には分かっていた。だからそのことには触れずに、喋りだす。
「私も強くなりたいです……」
「……市丸のためか?」
「まさか」
「じゃぁ何でだよ」
「さぁ。何でですかね」
「おい!」
 日番谷の言ったように松本が答えると、日番谷は少しだけ怒る。
「隊長だって答えてくれてないじゃないですか」
「……ったく」
 何を言っても無駄だと思い、日番谷はその場を立った。そのまま外に向かって歩き出す。
「どこ行くんですか?」
「散歩だ」
 それだけを答えて日番谷は扉を開けた。そのまま外に出て扉を閉めようとすると、松本の声が聞こえてきた。
「いつまでも幼馴染ではいられないんですよ……」
 日番谷はそれが自分に言われたことなのか、松本の独り言なのかは判断がつかなかった。それでもその言葉は日番谷の胸へと落ちていった。
「そんなこと分かってるっての」
 松本には聞こえないくらいの声で日番谷は言葉に出していた。






 力が欲しい。

 守りたい人を守れるだけの力を。