ずっと、ずっと、独りだった

 300年もの間



 気が狂うほどに





運命の出会い







 目の前に広がる炎をその瞳に映しながら、テッドは僅かに身を震わせて立ち尽くしていた。こうやって燃え盛る炎を見るたびに、薄れ掛けている記憶が鮮明に思い出される。今となっては泣くこともしなくなったけど、それでもテッドはあの忘れられない日を思い出していた。
 今テッドがいる場所は、赤月帝国の外れのほうにある小さな村。その村が戦争の被害によって炎に呑まれている真っ最中だった。テッドは数日前からこの村に滞在していて、明日にでもこの村を発とうとした矢先のことだ。
 また、俺のせいなのか?
 この呪わしい紋章が、呼び寄せたのか?
 自嘲気味にそう考えながら、テッドは燃えていく村を、逃げ惑う人々を、ただ淡々と眼に映していた。何やら騒がしくもなってきたけれど、テッドはその場を立ち去らない。自分が呼び寄せたものならば、自分が最期まで見届ける義務があるのだ。そうやってテッドは自分が犯した罪を確認して、自分を戒めていた。
「おい、君!何をしている!?早く逃げなさい!」
 ふと、佇むテッドに声が掛けられた。けれどテッドはそれを無視して、ずっと村の光景を見続ける。そんなテッドに焦れたのか、声を掛けた人物はテッドの前へと回り込んだ。そしてその虚ろな眼に一瞬固まってしまう。
 その男は明らかにここの村人ではなかった。着こなされた鎧。その風格。紛れもなく、赤月帝国の騎士だろう。
「君……家族は?」
 テッドはゆっくりと首を横に振っていた。
「そうか……。なら親戚はどこかにいるのか?知り合いの人とか……」
 その問いにもテッドは首を横に振る。するとテッドが独りなのを知り、その男は痛ましげな顔をしていた。
 なぜ、そんな顔をするのだろうか
 自分のことでもないのに、まして俺は何も気にしていないのに
 もう、独りになれてしまったのに
「テオ様!」
 するとそこに新たな騎士が一人現れた。
「アレンか」
「はい。村人たちの避難は完了しました。……その少年は?」
「戦災孤児だ」
「……そうですか」
 この時代、戦災孤児なんていくらでもいる。その一人一人に同情して涙を流していたら、いくつあっても足りないものだ。テッドだってその一人だったはずなのに、なぜかその存在をテオは気にかけていた。
 気づいたら口走っていた。
「君、私の家に来ないか?」
「なっ!?テオ様!?」
 テッドは依然と虚ろな眼でテオに視線を定めた。
「私にも息子がいるんだが、最近家に篭りがちでな……。同年代の話し相手を探していたんだ」
「息子……?」
 それはテッドがテオに対して初めての言葉だった。
「あぁ。甘やかして育てたのがいけなかったのか……それとも母親がいないのが悪いのか……、とにかく息子の友達になってもらいたいんだ。どうだ?行くとこがないなら、うちに来てくれないか」
「テオ様!何を仰るのですか!私は反対ですよ!身分も分からない子供を坊ちゃんと友達にするなんて!」
「アレン、これは私が決めたことだ」
「テオ様……!」
 テッドは村に視線を向けた。すでに鎮火していたが、もはやそこは人が住める場所なんかではない。それすらも、まるであの日と同じで。頭の片隅では目の前にいる男のことが分かっていた。
 テオ・マクドール。あの有名な帝国六将軍の一人。今は五人になったんだっけか……
 そのテオの息子ということは、かなりのお坊ちゃんなのだろう。そんな息子に、自分みたいなやつを近づけさせるというテオの心理が分からない。隣の騎士の言葉にテッドも心の中で頷いていた。
「どうだ……?」
 いつものテッドならそれを拒んでいただろう。誰かと一緒になるなんて、無理なことなのだから。ましてや友達など、それさえも不可能なことだった。けれどテッドは、そのテオの息子にどこか興味があった。どんなお坊ちゃんなのかも、見てみたかった。
 そのテオの言葉に、テッドは首を縦にして頷いていた。
「本当か!?ありがとう……」
「テオ様!本気なのですか!?」
「あぁ。今から彼をグレッグミンスターへ連れていく。我が部隊も帰還だ」
「しかし……」
「くどいぞ、アレン」
「……分かりました」
 アレンはうな垂れながらも、最後まで納得はしていなかった。けれどテオの言葉に逆らえるはずもなく、その言葉に従った。
「君……名前は?」
「……テッド」
「そうか……テッドか」
 グレッグミンスター。赤月帝国の首都。そこへ行くのはテッドも初めてだった。
 そしてテオに付き従い、テッドはグレッグミンスターの門を潜る。






「お帰りなさい、テオ様」
「あぁ、ただいま」
 マクドール家で最初に出迎えたのはグレミオだった。そして何人かの侍女と共に、クレオとパーンが現れる。みんなが揃ってテオを出迎えるなか、ただ一人その存在がいなかった。
「あいつはどうした?」
「上で捻くれていますよ」
 グレミオが苦笑しながら、そうテオに告げた。テオもまた、それに苦笑を返す。
 本来今日はテオは息子と遊ぶ約束をしていた。けれど突然のあの村の襲撃に、テオは緊急で出撃したのだ。それにより約束をすっぽかされた息子が、いじけているだけだという。
 本当に甘やかされた坊ちゃんのようだな
 ここに来る頃にはすでにちゃんとしたテッドに戻っていた。少しだけテオの言葉に頷いたことを後悔しながらも、テオの後ろ隣に立っている。
「……その少年は?」
「紹介する前に息子を呼んできてくれ」
「はい」
 みんながテッドの存在に気づきながらも、何も言わなかった。けれどグレミオが尋ねると、テオは曖昧に笑って息子を呼ばせる。見ても分かるほどに孤児だと分かるテッドに、マクドール家の何人かはあまりいい顔をしていなかった。
 やがてグレミオと共に、一人の少年が降りてくる。年の頃はテッドよりも少ないだろう。綺麗な黒髪をして、端整な顔立ちもしていた。父親似ではないだろう。
「こっちへ来なさい、セティ」
「……」
 不貞腐れた顔をしながら、テオの息子――セティ・マクドールはテオに近づいた。そこで初めてテッドの存在を認識し、彼へと視線をやった。テッドもまたセティに視線を向けていたため、二人はジッと視線を交わしていた。
「紹介しよう。私の息子、セティだ。そしてこっちはテッド君。今日から我が家で住むことになる。お前の友達になってくれるだろう」
「テオ様!?」
 その言葉に驚いたのは本人よりも、周りの人間たちだった。
「友達……?」
 目の前のセティはテッドから視線を外さない。テッドもまた視線を外せなかった。
「よろしくな……」
 意思の弱そうな少年を見て、テッドはハッキリとお坊ちゃんなのだと実感した。自分から手を差し伸べることなど、ここ何十年何百年としていなかったのに。それなのに、なぜか手を出していた。
 セティもその差し出された手に、おずおずといった感じで自分も手を伸ばす。そして二人が握手する姿を暖かな眼で見守っていたのが、テオとグレミオだ。
 セティはテッドの手を握ると、たちまちその顔に笑みを浮かべていた。
 眩しすぎるほどのその笑みに、きっと俺はこの瞬間から捕らわれていたのだろう



 本当はすぐにでも旅立つつもりだった

 箱入りのお坊ちゃんをからかって、突然姿を消すつもりだった

 それなのに、俺はいつまでもお前の隣を離れることなんて出来なかったんだ


 お前を初めて見たとき、どこか懐かしいと思ったからだろうか






 300

 その狂おしいほどの時を過ぎて、やっと俺は巡り会えた



 俺のたった一人の親友に