全て終わった
僕のやるべきことが
黎明
「行かれるのですか?」
今まさに一人でグレッグミンスターの門を潜ろうとした時、後ろから聞きなれた声が掛かった。
「クレオ……」
長年共に生活してきた彼女には全てお見通しだったのだろうか。そう思った時、セティは無意識に苦笑していた。
バルバロッサを倒し、赤月帝国はもはやなくなった。長い戦いは、解放軍の勝利で終わったのだ。それは同時に、セティがこの国でやるべきことが終わったのと同じだった。すでにトラン共和国が建国されることも決まり、その初代大統領にもレパントが就くことに決まっている。全てを終えたセティは、一人でこの国から離れようと決めていたのだ。それはもう、解放軍と帝国軍の戦争が終結しようという頃には決意していた。
「セティ様……」
もうじき夜が明けようとしている。屋敷で眠っていたクレオを起こさずに出かけたはずなのだが、どうしてかクレオは今目の前に立っていた。
「どうして分かった?」
「これでも貴方が子供の頃から一緒にいるんですよ。出て行くならば今日だと思ってました」
「……ふぅ。やっぱクレオには敵わないな」
今日はこの国にとって大事なトラン共和国の建国日である。そして同時に、新たな道を進む日だ。
「みんな貴方がいなくなったら悲しみます。レパントさんなんて、今日はいい所を見せるって張り切ってましたよ」
「うん」
笑いながら話すクレオに、セティもつられれるように笑顔を見せた。
「他のみんなも町の復興など忙しいのに、今日という日を楽しみにここへ来ようとしてます。それもみんなセティ様に会いたいからでしょうね」
「……うん」
だんだんとセティは沈んだ顔になっていく。人によってはセティの行為を裏切りと取るのだろうか。これまで共に戦ってきた仲間たちから去っていくのだ。そう思われても仕方ない気もした。
そんなセティを見て、クレオもまた悲しそうに顔を歪める。
「……だからこそ、セティ様がいないと知ったらみんな悲しみます」
「分かってる。でも、それでも僕は行くと決めたんだ」
「……分かってます。私は貴方の決めたことに何かを言うつもりはないですから」
「ありがとう……クレオ」
クレオならそう言うだろと思っていた。今となっては彼女こそがセティに一番近い存在でもあるのだ。
「けれど、その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
静かに尋ねるクレオに、セティはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……世界を見てみたいんだ。一つの国だけじゃない。いろんな世界を周ってみたいんだ」
そう、テッドが300年の間も旅してきた世界を。
「そうですか……」
慈愛に満ちた優しい目でクレオは頷いた。しかしその目には、他にも理由があることを分かっているものだった。それでもその理由を聞かない優しさに、セティは苦笑する。
「ホントにクレオには敵わないね」
当然理由はそれだけじゃない。それだけならば、何も今ここを発たなくてもいいのだから。
戦争で失ったものは多すぎた。そしてそれが全て自分に関わっていると思うと、どうしてもやりきれない想いになる。今はまだ、ここに留まれる勇気がなかった。
やがて、黎明の空が訪れる。早い者はすでに目を覚ましているだろう。誰かに見つかる前にここを出なくてはならなかった。
「僕はもう行かなきゃ……」
軽い手荷物を持ち、セティは最後にクレオに視線を向ける。その視線を受けながらも、クレオは笑顔を浮かべてセティを見返した。それは昔から見慣れた母親のような、姉のような、慈しい笑顔。
「一つだけ約束してください。いつの日か必ず帰ってくると」
「クレオ……」
「貴方が留守の間、私があの屋敷を守ります。いつまでも、貴方の帰りを待っていますから……」
セティは胸が張り裂けるような想いだった。嬉しさと悲しさ。相反する感情が胸を駆け巡る。思わずセティは涙を流していた。
自分の家であるあの屋敷を守り抜くというクレオの言葉に、喜びの涙を。
その一方で広い屋敷にたった一人で住み続けるというクレオの言葉に、申し訳なさの涙を。
「約束するよ……。あの家は僕の家だからね。絶対にいつか帰ってくるから」
「はい……。どうかお気をつけて」
別れの言葉を告げるクレオに、セティは頷いた。そしてありったけの想いを込めて、クレオに礼を言う。
「ありがとう、クレオ」
その顔は戦争が始まってから見ることのなかった、昔の輝いた笑顔だった。それを見たクレオもつい昔に戻ったように、親しみを込めてセティを見送った。
「いってらっしゃい、坊ちゃん」
「うん。いってくるよ」
その一瞬だけが、昔に戻ったように二人は感じていた。互いに二人は歩き出す。
セティはグレッグミンスターの門を潜り、まだ見ぬ世界への旅立ちへ。
クレオはセティに背を向け、守り続ける大切な家へ。
終わりは新たな始まりへと