苛々する
あいつを見かける度に
あいつの声を聞く度に
ざわつく心
「八雲!こっち来てこれ見てみろよ!」
2年B組のクラスの中で、いつものように一際大きな声が聞こえた。毎日のように聞く馬鹿な男の大声に、昴生は一人苛立ちを募らせる。結崎にではない。その名前を呼ばれて柔らかに微笑む草凪八雲に対してだ。
「何それ。いったいどうしたの?」
「この漫画見てみろよ!かなり面白いぜ!」
「ふーん。でも亮ってそういうのいつも大袈裟すぎるよね」
「何だよそりゃ。俺はただ単純に面白いものを面白いって言ってるだけだ!」
一角から聞こえるこの賑やかな声も最近では当たり前のことだった。そのグループでクラス一のムードメーカーでもある結崎亮は、いろんな意味で有名ともいえる人物だ。
つい少し前に転校してきた草凪八雲はその結崎亮と幼馴染であるために、クラスに馴染むには時間はかからなかった。それ以前に、昴生がSGコースの任務から帰ってきたときには、すでに1年から一緒にいたように馴染んでいたのだ。
特別SGコースで同じだからといって昴生は結崎たちと仲良くなろうとも思っていない。そのために彼らがどう騒ごうと関係ないはずなのに、あの草凪八雲の笑った顔を見るたびにどこか苛立ちを隠せなかった。ただでさえ天照郷出身の甘い考えを持つ奴だというのに。
「ちっ」
最近では結崎たちと笑いあう彼の声を聞くだけでも嫌な気分になる。そうした気分になる自分が、更に昴生は嫌だった。
耐え切れず、昴生は舌打ちと共に教室を出ようとする。しかしそれに気づいたのか、呑気に結崎が昴生に声を掛ける。
「おい、昴生どこいくんだ?もうすぐ昼休みも終わるぜ」
「……どこだっていいだろ」
退魔の腕は少なからず認めているが、この能天気な性格の結崎とは性格からして馬が合わない。不機嫌さを隠そうともせず、昴生はそう言い捨てて教室を後にした。その背に、鋭い視線を感じながら。
教室を出たものの、特別行く当てもなかった。もうすぐ午後の授業が始まるが、今の気分では受ける気にもならない。かといってVTルームでトレーニングしようにも、さすがにサボリは教官も許しはしないだろう。
いつも行く旧校舎も、今だけは行く気にもならない。結局は適当にふらふら歩くことになり、しばらくすると時計塔に辿り着く。昴生は迷わず、そこを上り始めた。
外へ出ると、手すりもフェンスも何もない。一歩足を踏み違えれば、落ちて即死することだろう。もちろん昴生はそんなヘマをするわけもない。暖かい日差しと気持ちよい風に誘われ、昴生は仰向けになって寝転んだ。
午後の授業の鐘も聞こえ、次第に眠気も訪れてくる。こんな場所で眠ってはさすがに危ないような気もするが、この苛立つ気分を治めるにはそれも悪くないと考えていた。しかし眠気のせいなのだろうか。下からやってくるその人物に昴生は全く気がつかなかった。不意に声をかけられ、初めてその存在に気づく。
「こんなとこで寝たら危ないよ」
「お前……」
「探したよ。今日は旧校舎じゃなかったんだね」
だから旧校舎には行かなかったというのに。そんな昴生の思いを知らない草凪八雲は、微笑んで寝転ぶ昴生を見下ろした。
またその笑顔だ。
いや、それは笑顔なんかじゃない。
見ていられず、昴生は眼をゆっくりと閉じていく。そんな昴生を見て、八雲は不思議そうに首を傾げた。
「眠いの?だったらここじゃなくて保健室とかにしなよ。さすがに落ちたら危ないでしょ」
「……黙れ」
いくら無視をしようとも、八雲は絶対に話すことを止めはしない。それは最近の彼の行動を見てきて分かりきったことだった。
先週くらいだろうか、八雲が昴生に時々会いにくるようになったのは。そしてそれは決まって互いに一人きりの時だけだった。きっと結崎たちも二人がこうして会ってることも知らないだろう。更に言えば、苛立ちが激しくなったのも二人で話すようになってからだ。話すといっても、一方的に八雲が話しているだけだが。
「亮が心配してたよ。昴生はあんまりサボることしないのに、今日は珍しくサボったからって。さっきも不機嫌だったし」
「誰のせいだと思ってる」
「……もしかして僕のせい?」
「……」
無言の肯定。すでに八雲もそれを理解しており、自分が原因なのだと知る。自分では何が昴生を苛立たせるのか全然分かっていない。こうも拒絶され続けていては、少しショックにもなるとこだ。
「そっか……」
「……早く教室に戻れ」
少し気まずい空気が流れ、昴生は八雲にそう促した。しかし八雲はそれに首を縦に振ることはない。あまり自己主張をしなさそうに見えて、こういったところでは頑固だ。僅か1週間の間に昴生はそんなことまで知ってしまった。
「昴生も一緒に戻ったらね」
「俺は戻らない」
「じゃぁ僕も戻らない」
「……ならせめて俺の近くから消えてくれ!」
昴生は苛立ちの限界として、身体を起こして八雲の顔を見た。八雲もまた昴生を見て、互いの視線が交叉する。その時の八雲の顔は、いつもと変わらない微笑があった。しかし少しだけ悲しみが表れているのは昴生の見間違いなのだろうか。
「……そんなに僕のことが鬱陶しい?」
「当たり前だ。俺は馴れ合いなんて好まない」
「けど、僕は君と友達になりたい」
毎回この話も平行線だ。基本的に二人の話が合うことなど滅多にない。けれど昴生もいい加減苛立ちが溜まりすぎていた。いい機会に、それを爆発させる。
「俺はお前のその顔を見てるとムカつくんだよ!頼むから俺の視界から消えてくれ!」
「昴生……」
ありったけの想いを込めて叫ぶと、八雲はどこか物悲しそうな顔をする。その顔に昴生は少し胸が痛んだが、それは気にしないことにした。
「……ごめん。そこまで嫌に思ってるとは思わなかった……」
「……」
「だけど、僕は本当に昴生と友達になりたかったんだ。……それだけは信じて」
いつもの八雲らしくなく、これ以上ここにいれずに時計塔の内部を駆け下りていく。昴生もいつもと違った展開に、心が悲鳴を上げているようだった。
八雲が去っていった場所から目を話せず、なんでか苦しくて、そこからしばらく動くことも出来なかった。